雲 黒斎さん著の『もっと あの世に聞いた、この世の仕組み』という本に
「気づき」「理解」は努力の結果ではない。因果を超えたハプニングなんだ。
とあります。
これ凄いですね。
本当の理解には行動が伴うというバシャールの言葉がありますが、つまりそういうことなんですね。
因果を超えたハプニングだからこそ気がついたら行動をしている。
努力の結果ではないから思考を差し挟むことなく気がついたら行動している。
ある意味、真の「気づき」とか「理解」に基づく行動は理由を必要としないんでしょうね。
何々だから何々しなくちゃ、というのが存在しないんでしょうね。
別の個所には
人一倍勉強をしてたくさんの情報を得たとしても、それはどこまでも「情報の蓄積」であって、理解とは別物。だからこそ、情報を超えた次元の「気づき」が必要だとあります。
「気づき」には因果が存在しないとあります。
「気づき」はまったく思考を差し挟まないので自然と行動を起こしているってことなんでしょうね。
抵抗や摩擦がないってことなんでしょうね。
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