バシャールは語る……、この世界は共に創り出している「ゲーム」なのだと

本当の現実とは、あなたが自由に定義づけし、創り出せるものなのです。
みなさんは「でも、バシャール。私がどう定義づけしても、みんなが住んでいるこの一定した世界は変わらずに存在するじゃないか」というでしょう。
でも、それは、人々が集合的にテレパシーで同意をし、共に創り出している「ゲーム」なのです。
それが自動操縦にセットされていて、いちいち考えなくてもすむようにしているだけです。で、実際には、みなさんが創り出している世界です。
そして、みんなで信じることに同意した定義づけを使って、その現実を支持し続けます。
普通は、そのゲームをスムーズに行なうために、ほとんどの人がそのゲームのルールに同意をしています。
ただ、個人的には、もっと自由が与えられています。

以上、ダリル アンカ (著), 関野 直行 (翻訳)『バシャールペーパーバック〈6〉ワクワクを生きると自然に「いま」を生きられる。 (VOICE新書)』P.46より引用させていただきました。

じゃあ何かい?バシャール!この世界はみんなでやってるオンラインゲームのような世界なのかい?

そう尋ねたくなりますね。 🙂

前の方の記事で「遊び」と言う言葉が出てきているので、「ゲーム」という言葉が出てきても驚きません。

どうやら、たったひとつの大いなるすべては、一人でいるのが、寂しくそして退屈になり、自分の分身を創りはじめたようです。その分身たちは自分で意志を持ち現実世界と言うオンラインゲームを楽しみ始めた。

だけどいつしかゲームを楽しむのが目的ではなく、ゲームの中で、ポイントや金貨を貯めるのが目的になってしまった。

あるいは他人をこのオンラインゲームから強制的に追い出してまでも、土地を増やそうとする人も現れた。

その結果オンラインゲームの世界には、争いや諍いが絶えなくなった。
こうして人を騙したり、陥れたり、あるいは殺してまでも(ゲームから追い出してまでも)、ポイントや金貨、領土を欲しがる人々が増えて行った。

人々は、楽しむためにオンラインゲームをみんなでやろうよ!と決めたのに、その取り決め自体も忘れてしまうのだった……。

なんて、こんなかんじなんでしょうかね? 😉

追伸

ということは……

あなたが自由に定義づけし、創り出せる現実というときの、「あなた」とは、すべての「あなた」を含むようですね。

つまり、「わたし」は同時に「ほかのわたし」でもある。
「わたし」は「あなた」でもある。
ということです。

この現実という夢は、自分ひとりで創っているものではなく、ほかのわたしと共同で創っている夢なんでしょうね。

この世界を創るには、ほかのわたしの協力も必要だということですね。

MIL39060

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