自分自身が他の人と離れていて「個人」だということは、幻想ではありますが、自分が見るものはすべて自分が創り出したものですから、
「あなた自身がすべてである」
ということです。
以上、バシャール (著), ダリル・アンカ (著), 関野直行 (翻訳) 『バシャール・ペーパーバック4―ワクワクこそが、ひとを深くいやす力がある (VOICE新書)』P.45より引用させていただきました。
さて、先の記事
この物理次元に存在するものは、みなさんの意識によって創りあげられています。この世の中で見るいろいろな物・人・場所、それらもすべて自分の中で創りあげた「あなた流」のものなのです。by バシャール
このような見方をしていくと、最終的には、自分は「個人」でありながら、実際には他の人ともつながってひとつである、という所にたどり着くとバシャールは言います。
これは……
先の記事のオンラインゲームのたとえでいくと
プレイヤーそれぞれのPC内にそれぞれのバージョンのオンラインゲームの世界が広がっていてそれは「個人」でプレイしていると言える。
しかし、オンラインゲームの世界はたったひとつしかない。(オンラインゲームのメインサーバーは本質的にはひとつしかない)
そのひとつしかない世界に、自分流の世界を自分でPC内に創りだして全員でつながっている!
これが個人でありながらすべてはつながっているということだろうか?
そして自分に関して言えば、自分のPC内のオンラインゲームの世界がすべてだ。
PC内に広がる広大なオンラインゲームの世界に関して言えば自分は創造主と言える。
自分だけのPC内に広がるオンラインゲームの世界は当然オンラインゲームの世界すべてを含んでいる。というかオンラインゲームの世界そのものである。そうでないとみんなが平等にプレイはできない。
オンラインゲームの世界はただひとつしかない。
そこに個人として参加していると言うことは、全員とネットを通じてつながっているということだ。
ログインした瞬間に物理的には全員とつながった状態になる。しかも自分個人のPC内で。
これが、ひとつはすべてで、すべてはひとつであるということなのか?
つまり、どのひとつのPC内にもオンラインゲームの世界のすべては存在している。
そして、オンラインゲームをプレイしている人はみんなつながっている。
さらに、オンラインゲームの世界はたったひとつしかない。
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