ここでパラドックス、逆説が生まれます。「大いなるすべて」が「大いなるすべて」であるためには、それ自身の中に「大いなるすべて」であるということを「知らない部分」を持っていなければなりません。 by バシャール

ここでパラドックス、逆説が生まれます。
「大いなるすべて」が「大いなるすべて」であるためには、それ自身の中に「大いなるすべて」であるということを「知らない部分」を持っていなければなりません。
そうすることによって、「大いなるすべて」は、存在と非存在、全体と部分というようなパラドックスを含んだ概念全体になることができるのです。

以上、ダリル アンカ (著), 北村 麻紀 (翻訳) 『バシャールペーパーバック〈7〉ワクワクとは、あなたの魂に打たれた刻印である (VOICE新書)』P.225-226より引用させていただきました。

深いですね。
これってとっても深いですね。

間違っているかもしれませんが、あえて解説してみると、全知全能の神が全知全能であるためには、知らないという状態も知っていなければならない、とでもなるでしょうか。

すべてのことを知るには、知らないということも、知らなくてはならない。
知らないということを知って始めて、すべてを知っている、全知全能だと言える。

「大いなるすべて」自体が自分が「大いなるすべて」であることを忘れてしまう経験は、「分離」と呼ばれます。
それによって、「大いなるすべて」は分離を経験することができます。
例えば、人間。(同書P.224-225)

そう言えると思います。

そして、それは逆説そのものでもある。
パラドックスである。

この世界は基本的に真理とは逆に出来ているのだから、真理というのが逆説になるのも、無理ないかもしれません。(^-^;

MIL5//1

 

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