小説や映画は、ネガティブな体験、あるいは怖れを「ポジティブな形」に使った例なのです。ネガティブな観念や、そこから生まれてきた怖れでも、ポジティブな形に使うとその力が弱まります。 by バシャール

小説や映画は、ネガティブな体験、あるいは怖れを「ポジティブな形」に使った例なのです。
ネガティブな観念や、そこから生まれてきた怖れでも、ポジティブな形に使うとその力が弱まります。

以上、本田健 (著), ダリル・アンカ (著), バシャール (著), 江藤ちふみ (編集), 島田真喜子 (翻訳)『未来は、えらべる!』P.18より引用させていただきました。

推理小説やその手のドラマや映画では、それらを創る段階で、人の殺し方をいろいろ考えるわけです。
どうやって殺害すれば、完全犯罪になるだろう?より衝撃的になるだろう?より謎めくだろう?と。

一方、映画やドラマのヒーローは、絶対的な悪を必要とします。
相対する悪が酷ければ酷いほど、ヒーローはよりヒーローらしく、悪を倒したときに拍手喝采を受けます。

製作者は思い切り酷い悪人を創造します。
ヒーローの善が引き立つように。

このような事実が、ネガティブな体験や怖れを「ポジティブな形」に使った例なんでしょうね。

と言うことは、ネガティブな感情からどうしても逃れない時は、それを小説などにしてしまうと、その力が弱まっていいんでしょうね。

 

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