J.クリシュナムルティ著『瞑想』

J.クリシュナムルティ著『瞑想』

もし瞑想によって ヴィジョンや体験を追いもとめているとしたら 幻想の世界や 自己暗示にいきついてしまいます : J.クリシュナムルティ著『瞑想』

もし瞑想によってヴィジョンや体験を追いもとめているとしたら幻想の世界や自己暗示にいきついてしまいます以上、J.クリシュナムルティ (著), 中川吉春(翻訳)『瞑想』P.26より引用させていただきました。いわゆるそういうスピリチュアルなヴィジ...
J.クリシュナムルティ著『瞑想』

瞑想は 目的にいたるための手段ではありません 瞑想は 手段でもあり 目的でもあります : J.クリシュナムルティ著『瞑想』

瞑想は目的にいたるための手段ではありません瞑想は手段でもあり目的でもあります以上、J.クリシュナムルティ (著), 中川吉春(翻訳)『瞑想』P.25より引用させていただきました。ふつう私達が瞑想という言葉を聞くと、ああきっと瞑想で得たい何か...
J.クリシュナムルティ著『瞑想』

瞑想とは 窓をあけておくと自然に流れこんでくる そよ風のようなものです しかし わざと窓をあけて待っていたり それを故意に招き入れようとするなら けっして姿をあらわさないでしょう : J.クリシュナムルティ著『瞑想』

瞑想とは窓をあけておくと自然に流れこんでくるそよ風のようなものですしかしわざと窓をあけて待っていたりそれを故意に招き入れようとするならけっして姿をあらわさないでしょう以上、J.クリシュナムルティ (著), 中川吉春(翻訳)『瞑想』P.24よ...
J.クリシュナムルティ著『瞑想』

瞑想の美しさというのは 自分がどこにいるのか どこへむかっているのか その果てになにがあるのか けっしてわからない ということです : J.クリシュナムルティ著『瞑想』

瞑想の美しさというのは自分がどこにいるのかどこへむかっているのかその果てになにがあるのかけっしてわからないということです以上、J.クリシュナムルティ (著), 中川吉春(翻訳)『瞑想』P.21より引用させていただきました。ということで、この...
J.クリシュナムルティ著『瞑想』

瞑想は 生活の一部です 生活とはべつのなにかではありません : J.クリシュナムルティ著『瞑想』

瞑想は 生活の一部です生活とはべつのなにかではありません以上、J.クリシュナムルティ (著), 中川吉春(翻訳)『瞑想』P.23より引用させていただきました。瞑想は知的なものではない瞑想とは愛がはたらくこと完全なる平和があり秩序があり 美が...
J.クリシュナムルティ著『瞑想』

瞑想とは あるがままに ものを見ることであり それを超えていくことです : J.クリシュナムルティ著『瞑想』

瞑想とはあるがままに ものを見ることでありそれを超えていくことです以上、J.クリシュナムルティ (著), 中川吉春(翻訳)『瞑想』P.17より引用させていただきました。逆に言えば人間ってそれをあるがままに見ているって滅多にないのかもしれませ...
J.クリシュナムルティ著『瞑想』

より広い より深い超越的な体験を たえず追いもとめていくのは ”あるがまま”の実際の現実から 逃避していく ひとつの姿にすぎません : J.クリシュナムルティ著『瞑想』

より広い より深い超越的な体験をたえず追いもとめていくのは”あるがまま”の実際の現実から逃避していく ひとつの姿にすぎません”あるがまま”の現実とはわたしたち自身のことですわたしたちの条件づけられた心のことです以上、J.クリシュナムルティ ...
J.クリシュナムルティ著『瞑想』

ただしい生活とは 社会の道徳にしたがうことではありません ねたみや 貪欲さや 権力の渇望などから 自由になることです 自分を知ることをとおして それらに気づくことによって 自由になれるのです : 『瞑想』

ただしい生活とは社会の道徳にしたがうことではありませんねたみや 貪欲さや 権力の渇望などから自由になることです(中略)自分を知ることをとおしてそれらに気づくことによって自由になれるのです以上、J.クリシュナムルティ (著), 中川吉春(翻訳...
J.クリシュナムルティ著『瞑想』

頭は 発電機のように 摩擦があると 騒音をだしますが 完璧に動いているときには ほとんど音をたてず 静かになります : J.クリシュナムルティ著『瞑想』

頭は 発電機のように摩擦があると 騒音をだしますが完璧に動いているときにはほとんど音をたてず静かになります以上、J.クリシュナムルティ (著), 中川吉春(翻訳)『瞑想』P.11より引用させていただきました。これってすごくさりげないけど、秘...
J.クリシュナムルティ著『瞑想』

思考のあらゆる動きを たんねんに調べ 観察し それらに耳を傾けるようになり 頭がどのようにはたらいているかを 見まもるようになると 頭がおどろくほど静かになってゆくことに 気づくでしょう : J.クリシュナムルティ著『瞑想』

思考のあらゆる動き――つまり それがどのように条件づけられなにを追いもとめ なにを恐れなにを楽しみとしているか ということをたんねんに調べ 観察しそれらに耳を傾けるようになり頭がどのようにはたらいているかを見まもるようになると頭がおどろくほ...
J.クリシュナムルティ著『瞑想』

おしゃべりや 憎しみや 嫉妬を見つめ あなた自身のなかで これらすべてのことに 思考をさしはさむことなく気づいているとき それはすでに 瞑想になっています : J.クリシュナムルティ著『瞑想』

あなたが自分自身について知るときつまり あなた自身を見つめどのように歩き どのように食べなにを話しているかを見まもりおしゃべりや 憎しみや 嫉妬を見つめあなた自身のなかでこれらすべてのことに思考をさしはさむことなく気づいているときそれはすで...
J.クリシュナムルティ著『瞑想』

愛もまた 美とおなじように言葉であらわされるものではありません : J.クリシュナムルティ著『瞑想』

愛もまた 美とおなじように言葉であらわされるものではありません以上、J.クリシュナムルティ (著), 中川吉春(翻訳)『瞑想』P.6より引用させていただきました。だから詩などは、直接それを描写しないで、それの美しさなどを表現しようとするので...