本当はひとつの感情しかありません。それは愛です。その他の感情は「愛」の変化したものです。それ以外の肉体から出てくる表現ですね、その表現は個人個人の観念から出てきます。
以上、バシャール (著), ダリル・アンカ (著), 関野直行 (翻訳) 『バシャール・ペーパーバック2―人生の目的は「ワクワク」することにある (VOICE新書)』P.217より引用させていただきました。
本当はひとつの感情しかないのであれば、愛以外の感情は、愛が根底にあるから感じる感情ということなんでしょうね。
そこに愛がなければ、その感情は生まれないのでしょう。
憎しみも、怒りも、愛が変化したもの。
愛があるから憎しみや怒りが生まれる。
そこに一切の愛がなければ、それに関心を持つこともなく、結果憎しみや怒りさえも起こらない。
嫉妬もそうですね、そこに愛がなければ、対象に関心を持つこともなく、関心がなければ当然嫉妬心も起きない。
嫉妬は自分に対する愛から生まれるんですかね。自分に無関心であれば、嫉妬心も生まれないでしょう。
2013.4.19追記
面白いですよね。
もし本当にそうであるなら、なぜ
怒りや嫉妬、そしてやる気のなさに、苦しまなければならないのだろう?となります。
ひとつの感情しかなくて、そのたったひとつの感情が愛であるなら
なぜ世界は憎しみと絶望と怒りをまだ身にまとっているのでしょう?となります。
怒りも愛
嫉妬も愛
無気力も愛
さらに
憎しみでさえ愛
絶望も愛
すべては愛
苦しみさえも愛
……とそういうことになりますよね。
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