悲しみとか怒りといった、いろいろな心は物質でもあります。
以上を、ヨグマタ 相川圭子 (著)『ヒマラヤ聖者のいまを生きる知恵 (PHP文庫)』263ページより引用させていただきました。
心を物質として捉える考え方は逆に新鮮に感じます。
そう言えばバシャールにもこんな言葉がありました。
物質を愛することは霊的なこと、だそうです。
すべての物質が意識の現実化であるのなら、心が物質であってもおかしくないのかも知れません。
これを逆に考えるとすべての物質は本質的には意識(の投影)であると言えるのかも知れません。
心を含めたすべてのものを物質的なものと考えるか、それとも意識的なものであると考えるか、真逆に思えるこのふたつの考え方も本質的に考えるとどちらも正しいと言えるのかも知れません。
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