この惑星の人々は、「癖があると気づいたら、それを変えるためのプロセスを始めるものだ」という観念を教えられてきました。
けれども、実はその反対なのです。
癖に気づくことは、そのプロセスの最後の部分です。
それに気づいた瞬間、もうその癖はなくなっているのです。観念も同じことです。
観念に気づいたら、それは中立になり、あなたにはもうその観念はなくなります。
ちょうど電気のコンセントを抜いてしまったようなものです。
以上、ダリル アンカ (著), くまり 莞奈子 (翻訳) 『バシャールペーパーバック〈8〉ワクワク、それは人生に活力を与え続ける機関車 (VOICE新書)』P.134より引用させていただきました。
確かにこの惑星の住人であるわたしはそう教わりました。(^-^;
だから癖に気づくと必死でそれを直そうとします。
でも、そうやって癖に意識をフォーカスすればする程、またその癖を繰り返してしまい、同じことをまた繰り返してしまった自分に罪悪感を感じ、それゆえにまた癖をさらに必死に直そうとします。そしてさらにいっそう癖に意識をフォーカスします。文字通りの悪循環です。
でも、バシャールは言います。
癖というのは、気づかずにやっているから癖なのであって、それに気づいたらもうそれは癖ではありません。癖に気づいた後もそれをやっているとしたら、それは癖ではなく、そうすることを自ら選択しているのです。
そのようにバシャールは言っています。
だから癖というものは、癖に気づいた瞬間、もうすでに消滅しているのです。
もうすでに存在しないことを直す必要性はどこにもありません。
癖と気づいた後も、それを繰り返しているのは、癖ではなく、ただ単にそれを自ら好んで選択しているというだけの事だったんですね。だから直す必要はなく、ただそれを選択しなければ良いだけです。
それでもまだそれを繰り返しているのなら、本当は選択したくないのにまだ選択するのなら、それはまた癖とは別の問題ということになるのでしょうね。
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