創造のすることはただひとつ。
「存在する」ということだけです。
これはとてもパワフルです。
何も行動する必要はありません。「人生を自分の思う通りにするために、最大限のことをしなければならない」そう信じている人々は、自分にはパワーがないと思っているのです。
「自分の視点をほかの人に強制しなければいけない」
そうと思っているとしたら、自分の視点にはそもそもパワーがあるのだということを信じることができていないことになります。
このような人々は、創造から分離しているので、そのことが理解できないのです。
ですから、パワーを得る唯一の方法は、すべての人々に自分たちと同じ視点をもたせることだと考えるのです。
以上、ダリル アンカ (著), 北村 麻紀 (翻訳) 『バシャールペーパーバック〈7〉ワクワクとは、あなたの魂に打たれた刻印である (VOICE新書)』P.164-165より引用させていただきました。
何もしないことがパワーを生み出す。
これもまさに逆説です。
すでにそうであるものをあるがままにただ受け入れるのも何もしないことですし、瞑想によってエゴを消滅させるのも何もしないことです。
自分もただその存在になる。
自分も何もせずただあるがままの状態になる。
それも何もしないことです。
何かに抵抗して何もしないのだったら、それは抵抗であり、何もしないのではないかもしれません。同じく面倒くさいからあるいはサボりたいから何もしないのなら、その何もしないは、目的を持っているので、何もしないことにはならないかもしれません。
自分の人生を思いどおりにするには、川を全力で泳いで上っていくのではなく、ただただその流れに身を任せていく 、そういうことなのかもしれません。
自分の価値観を人にも強要する人はその自分の価値観に自信がないのかもしれません。
あるいはそれは、他人の価値観が正しいかもしれないと怖れているからなのかもしれません。他人の価値観が正しいと証明されたら、自分の価値観が失われるかもしれないと怖れるのかもしれません。
すべての人に等しく価値があると信じられたときはじめて自分にも価値があると思えるのでしょう。
2013.10.18追記
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