自分が統一性を持ってベストを尽くしているとき、まわりの人があなたの行いをどのように見るかまで、みなさんが責任をもつ必要はありません。
この「統一性」とは、次のような意味です。
「すべての人は、その人自身を含めて誰も傷つけずに、その人の望むどんな現実も創り出していくのに必要なパワーをすでに持っている」ということです。これらを、まったく疑いもなく知っている状態が「統一性」です。
それがパワーです。悟りです。マスターするということです。そして、遊びです。
以上、ダリル アンカ (著), 関野 直行 (翻訳)『バシャールペーパーバック〈6〉ワクワクを生きると自然に「いま」を生きられる。 (VOICE新書)』P.49-50より引用させていただきました。
この引用した部分の前の方には、天才とクレイジーの違いについて書いてあったので、以下にまとめてみます。
異なる次元を見ることができて、この次元に応用できない人達 → クレイジーな人達
異なる次元を感じることができて、この次元に応用できる人達 → 天才
天才は、人とのコミュニケーションのしかたを知っている
クレイジーは、人とのコミュニケーションのしかたを知っていない
天才は、統合された立場から物事を理解する
クレイジーは、分離した立場からしかものを見ることができない
……天才とクレイジーの違いのまとめはここまで
嫉妬や妬みは、その対象と自分を比べて、自分にはそれがないと思ったときに出てくる感情です。
ですから、 望むどんな現実も創り出していくのに必要なパワーをすでに自分が持っていることを知っていれば、そういうネガティブな感情は出てこないことになります。
また、誰も傷つけないの中に、自分も入っているのは、特筆すべきことだと思います。
というのは、人は自分を除外して考えがちだからです。
ということで
さあ!「統一性」を持ってワクワクを、毎瞬毎瞬、行動に移していきましょう!
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