肉体は、物理的現実に意識をフォーカスするためのひとつの装置です。肉体を持つことによってみなさんは物理的な現実を体験することができるのです。
しかし、死ぬと、みなさんの意識は、この物理的現実に対するフォーカスを超えて、さらに広いところにまで拡大するのです。
以上、須藤元気 (著, 編集), ダリル・アンカ (著), バシャール (著), 尾辻かおる (編集), 大空夢湧子 (翻訳)『バシャール スドウゲンキ』P.172-173より引用させていただきました。
肉体は装置?
あの映画「アバター」のような装置を使って私たちはこの世界で生きているのか?
まったく面白いSFのような話ですが、もしこのことが真実であったとしても、特に可笑しくもありません。
肉体が単なる現実を認識するための装置に過ぎないということは、あり得ないことではありません。
肉体が装置であるかどうか、この装置を外してみれば分かると思いますが、そんなことをすれば死んでしまうので、私は、実験する気はまったくありません。(^-^;
死という概念があるから生きていて面白く楽しいという側面もあります。
シューティングゲームで、自分の乗った宇宙船がまったくダメージを受けない不死身で、それでバンバンと敵をやっつけてゲームをクリアしても、全然面白くないのと同じです。(もし人の意識は死後も存続する=永遠の命を持っているのならの前提での話です)
いずれにしても、この現実にいる間は、この現実だけが自分の唯一の現実なので、大切にしたいものです。
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