修復しよう、改善しようという行為は、「うまくいっていない」という「根源の信念」をもとに行動しているわけですから、うまくいかない現実を再創造し続けていくだけです。
以上、Mana (著) 『空 豊穣の狩人』P.88より引用させていただきました。
でも、どうなんでしょうね。
ごく一般的現実を見ると、修復しよう、改善しようとしてちゃんと修復され改善されているように見えますが……。
「うまくいっている」と思うなら修復しよう、改善しようとは思わない。
「うまくいっていない」と思うから、修復しよう改善しようと思う。
これもあれですかね
中立である状況を、「うまくいっていない」と意味づけるから、本当に「うまくいっていない」状況になってしまう?
でもこの「うまくいっていない」と意味づけた「うまくいっていない」状態も、その意味付けを取り消して、何の意味も与えなければ、中立に戻ってしまう。状況は何も変わっていないのに……。
ここで先ほど読書したバシャールが役立つようです。
今という一瞬だけを取り出して氷付けにして眺めた時、さらにそこに何の先入観も存在しないと仮定した時、その時間的な前後の瞬間の記憶と予測には、何が来ても別に構わない。
しかしここで、先入観が復活して、この氷付けの今の状態は「うまくいっていない」状態だと認識したら、ある程度の前後の瞬間のつらなり、つまりある程度の過去と未来が推測できてしまうだろう。
でも、未来を推測は出来るがまだ決定はしていない。
でも、ここは物理的な現実であるので、未来はある程度決まってしまう。
以上からどういう私なりの結論が導かれるかと言うと、ある状況を中立だと仮定した時、その状況に肯定的な意味づけをした方が、未来が肯定的なものになる確率はアップするだろう……である。またその逆もまた真である。
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