肉体を含むすべてが毎瞬「虚空」に戻されている。あなたが見た最終結果の記憶をあなたが次の瞬間でも意識しているために、そのままの画像を維持するかたちで「実空」へ放映していく。 : 『空 豊穣の狩人』をバシャール的に読む

肉体を含むすべてが毎瞬「虚空」に戻されているわけですが、あなたが見た最終結果の記憶をあなたが次の瞬間でも意識しているために、そのままの画像を維持するかたちで「実空」へ放映していくわけです。

以上、Mana (著) 『空 豊穣の狩人』P.41より引用させていただきました。

本当の自他とは
虚空意識=自=虚空
量子場フィールド=他 =実空

肉眼で見える最終結果である世界(実空)は、見えた時点で”個人的ゼロポイント”を経由して虚空に戻る。

現実世界は幻であり、実体は虚空の中に素粒子的鋳型として無限に存在している。
(実空が幻想であり虚空がリアル?)

……とのことです。

で、どうして、一度ゼロに戻るのにわざわざ前の瞬間の現実と継続したかたちでの現実をまた創造(放映)してしまうのだろう?という疑問です。

この考えで行くと、過去と現在はまったく無関係で、過去とは関係無しに自由に現在を創ることができるはずなのに、現在というものが思いっきり過去に縛られているのは何故か?ということです。

それは、過去の記憶を現在でも意識しているから、ですよね?

じゃあ何故、過去の記憶を捨てず現在でも意識してしまうのか。

というか、今現在の自分の世界にあるものすべては、過去の記憶を捨てずに現在でも意識しているからこの世界に存在しているのでは?

つまり、過去の記憶や現在の意識を持てないものは、この世界では存在できない?

過去の記憶を保持したまま現在を意識することがこの世界で”生きる”ということなんでしょうねきっと。

コメント

タイトルとURLをコピーしました