高次の意識を持ち、意図したなら、あとはただすべてを任せて日々を楽しんでいけばよい
以上、Mana (著) 『空(くう)―天翔(あまか)ける歓喜の弥栄(いやさか)』P.382より引用させていただきました。
内なる神に対し、望む現実を選択し、そうなると決める。
それだけで良いようです。
自分の外部の何かにおねだりする必要性はまったくない。
当然、自分の内的な神におねだりするんだから、そこに外部からのなんらかの規制や規定も必要がない。
ポイントは楽しむということなんでしょうね。
しかも心から楽しんでいる状態。
無意識の中に不安とか怖れとか、そういうものを含んでいない、純粋な楽しさの状態。
そういう状態だったら、当然波動は楽しさの波動になり、そういう現実が反映されるんでしょうね。
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