三次元を体験しようとする時には、三次元にいるための『制限』が必要です。(中略)シフトは、常に瞬間的なものです。(中略)体験だけが真実です。by バシャール : 『未来図 Part 2』をバシャール的に読む

三次元を体験しようとする時には、三次元にいるための『制限』が必要です。(中略)シフトは、常に瞬間的なものです。(中略)体験だけが真実です。by バシャール : 『未来図 Part 2』をバシャール的に読む

三次元を体験しようとする時には、
三次元にいるための『制限』が必要です。
(中略)
シフトは、常に瞬間的なものです。
(中略)
体験だけが真実です。

以上、関野あやこ (著), ダリル・アンカ (著), バシャール (著) 『未来図 Part 2』P.239より引用させていただきました。

この三次元では、体験だけが真実。

というか、体験だけしかできないのでしょうね。
意識エネルギーとしての本当の自分は。

三次元にいるための『制限』とは、社会意識であったり一般常識であったり、集合的な無意識だったりするんでしょうね。

でも、考えてみたら、体験というのは、映画に例えると、本来静止画でバラバラである一コマ一コマを時間軸に沿って連続再生するから、映画を観ると感動という体験をするんですよね。

無限に存在するパラレル・リアリティ間を集合的な同意に基づいて毎瞬毎瞬連続的に意識がシフトしていくから体験と言うものが可能になるんですよね、きっと。

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