意識を全部、自分に向けて、その映像(現実)を見て出てくるフィーリング。そのフィーリングを、ただのバイブレーションとして形にして、手放していったら…… : 『未来図 Part 1』をバシャール的に読む

意識を全部、自分に向けて、その映像(現実)を見て出てくるフィーリング。そのフィーリングを、ただのバイブレーションとして形にして、手放していったら…… : 『未来図 Part 1』をバシャール的に読む

意識を全部、自分に向けて、その映像(現実)を見て出てくるフィーリング。
そのフィーリングを、ただのバイブレーションとして形にして、手放していったら、
あなたの中から、そのバイブレーションを手放していったら、
あなたが創り続けていた映像は、本当に波にウェーブに戻るんです。

以上、関野 あやこ (著) 『未来図 Part 1』P.76-77より引用させていただきました。

以下自分なりに引用した文章を分析してみます。

意識を全部自分に向けることによって、フィーリングをただのバイブレーションにすることができる。
フィーリングとバイブレーションはどう違うのだろう?

自分が創った現実を見て出てくるのはフィーリングだ。
では、バイブレーションは?

バイブレーションは、この地球に生まれたときに?あるいは生まれたときから、ずっと作り続けている?
バイブレーションはもともと地球のもの。

じゃあフィーリングはもともと誰のもの?
フィーリングは意識することによって生まれる。

バイブレーションは自分から(自分の部分を)分離することによって生まれ
フィーリングは自分を意識することによって生まれる?

バイブレーションとはもうすでにそこに中立として存在しているすべてのもののこと?

フィーリングは、バイブレーションという形にすることが可能のようだ。

地球に存在するということは、もうすでに様々な地球のバイブレーションを生み出したということ。
じゃあ現実は何でできている?おそらく現実もバイブレーションでできているはずだ。

私たちは意識を外に向けて、現実を創っている。
その現実を見て私たちはさまざまなフィーリングを自分の中に抱く。

次に意識を自分に向けてみると、フィーリングをただのバイブレーションであるところの”形”にすることが可能になる。
形にして手放していけば、現実の方がウェーブに戻っていく。

これは意識を外に向けて現実を創っていたのをやめたからだろう。
だから現実がただのウェーブに戻っていく。

現実は元々存在せず幻想であるので、ウェーブに戻ってもなんら問題とはならない。
逆に自分に意識を向けたので、本来の自分の方が今度はリアルになっていく。

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