例えば、マイクの前に立っているあなたの体と椅子に座っているあなたの体は、ふたつの異なったあなたの体です。
それが理解できれば、無数のあなたが存在することが理解できるでしょう。
以上、バシャール (著), ダリル・アンカ (著), 北村麻紀 (翻訳) 『バシャール・ペーパーバック7―ワクワクとは、あなたの魂に打たれた刻印である (VOICE新書)』P.212より引用させていただきました。
マイクの前に立っている自分と椅子に座っている自分は、異なった体を持った自分。
いま自分が椅子に座っているとすれば、マイクの前に立っている自分の可能性というものはあるが、過去か未来の自分でしかありえない。
椅子に座っている自分は、決してマイクの前に立っている自分にはなれない。
椅子に自分が座っている時、自分がマイクの前に立った地球はパラレル・ワールドでありまったく別の自分がそこにいる。その自分には今の自分が決してなれないと言う意味では別の自分。
しかし、今度自分が席から立ってマイクの前に立つと、今度は椅子に座った自分がパラレル・ワールドの自分となる。
マイクの前の自分は決して、椅子に座った自分にはなれない。
椅子に座り右手をあげた自分と左手をあげた自分にもそれが言える。
椅子に座り斜め45度を向いた自分と斜め46度を向いた自分にもそれが言える。
無限の自分に関してそれが言える。
5秒前にくしゃみした自分も、1週間前にアメリカ大統領になった自分も、今の自分からすれば別の自分。
だって、そのどっちの自分にも今はなれない。
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