自分の人生の中でワクワクする気持ちに忠実なとき、自分で新しい定義づけをしたら、その新しい定義づけがあなたの受け取るものになります。そして、その道があなたの歩いていく道になります。 by バシャール

自分の人生の中でなににワクワクするか、そのワクワクする気持ちに忠実なとき、自分の中に統一性を持って行動しているとき、自分の現在の意識の中でできる最大限の統一性を保ってそれをやっているとき、自分で新しい定義づけをしたら、その新しい定義づけがあなたの受け取るものになります。そして、その道があなたの歩いていく道になります。

以上を、バシャール (著), ダリル・アンカ (著), 関野直行 (翻訳)『バシャール・ペーパーバック4―ワクワクこそが、ひとを深くいやす力がある 』67ページより引用させていただきました。

自分自身の波動と違う波動の現実は体験できない。
体験する現実は自分の波動の現実。
自分の中の一番強い観念は、その現実。
こんな現実を引き寄せるだなんて、果たして自分はどんな観念を持っているからだろう?
見つけた観念が好きでなければ、再定義する。
再定義するときに役立つツールがイマジネーション。
なりたい自分をイメージ、自分がしたいことをイメージする。
新しい定義づけが受け取るもの。
新しい定義が自分の歩く道。

ということで私達は常にいろんな定義づけの上で生きていますね。
何々は何々である。ゆえに私はこうしなくてはならない。
みたいな感じですね。
考えてみると定義づけの前段階にイメージがあるのかもしれません。
それまでのいろんなイメージが心に浮かんできて、そのイメージを基に定義づけするように思います。
人は常になんらかのイメージを基に生きている感があります。
たとえば何かをする時に嫌なイメージが湧いてきて、それをやりたくなくなるとか。
過去の嫌な出来事がイメージとして出て来て、またそうなるのではないかと鬱になる。
それで自分がこれをやると、きっとこうなると自分で定義づけをしてしまう。

コップの中の半分の水のたとえ話の様に、どうせこのブログはほとんどの人は見ていないのだから自分のやりたいように適当に書いておこう、と考えるか、数は少ないけどこれだけの人が自分のブログを見てくれているのだから少しは人の役に立っているのかもしれない、これからも地道にやって行こうと考えるのか。

ブログの少ない読者に対して、自分でどういうイメージを抱くのか。
良い未来のイメージを抱くのか、悪い未来のイメージを抱くのか。
悪い過去のイメージを思い出すのか、良い過去のイメージを思い出すのか。

ブログの少ない読者を、どうせこの程度の数だしと定義づけるのか、未来へとつながる貴重な読者だと定義づけるのか。

どっちの定義づけでもいいけど、自分の受け取るものは、自分が定義づけした方のものということですね。そしてその定義づけには未来や過去のイメージが密接に関わってくる。

未来において私のブログが多くの読者を獲得し世の中の大勢の人の役に立つイメージを強く抱くことができれば、今の読者はそのゴールへと向かう途中での本当に貴重で大切な読者ということになります。

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