自分のイマジネーション、想像する力を、(望ましくない観念再定義の)道具として使ってください。自分自身がこんな人間になりたいという像を、そして、自分がしたいことをイメージしてください。 by バシャール

自分のイマジネーション、想像する力を、(望ましくない観念再定義の)道具として使ってください。
自分自身がこんな人間になりたいという像をイメージしてください。
自分がしたいことをイメージしてください。

以上を、バシャール (著), ダリル・アンカ (著), 関野直行 (翻訳)『バシャール・ペーパーバック4―ワクワクこそが、ひとを深くいやす力がある 』67ページより引用させていただきました。

結論を先に述べます。
世の中には様々な定義、思想、考え方などが存在します。
そして、それらのうちのどれかを「信じた時に始めて」それがその人の観念になります。
数ある定義もそれを信じなければただの定義であってなんの力も持たないのです。
定義、思想、考え方等は信じた時に観念となりそれらを実現しようとします。
信じているからこそ実現しようとするのです。
それが実際に実現できるかどうかはまた別の問題です。

世の中は悪人ばかりという定義を信じるとそれが観念となり
嫌な感情憎しみの感情世の中が嫌という感情などが生まれる
そして生まれた感情によって選ぶ思考パターンが異なり
異なった思考パターンによってその後の行動もいろいろ変わる

しかしそれらの結果は基本的には悪人ばかりの世の中
という観念どおりのひとつの現実へと向かう

ここでイメージの登場です。
いや違う!世の中には良い人だってたくさんいる。
今までにこんな善人がたくさんいたではないか!と過去のイメージを浮かべる。
あるいは単純に善人ばかりの世界をイメージする。
世の中には悪人ばかりではなくて善人もたくさんいると定義づける
そしてそれを信じて自分の観念とする
その時の感情はいくらか良い気分です。
悪い感情は薄くなる。
この状況で選ぶ思考パターンとその後の行動は当然先ほどとは異なり、善人がたくさんいる現実を実現することに向かっていく。

世に存在する様々な定義、思想、考え方
それらは自分が信じると観念に変わる
観念は青写真、設定図であるので
信じたものを実現しようとする
(実現できないときもある)

それら青写真、設計図を見た時には
当然なんらかの感情が起こる
基本的にはやる気の感情だろうと思う
(設計図を見てやる気がなくなるというのもあるのだろうか?信じているから設計図なのに)

それら様々な感情に応じて採用する思考パターンも異なってくる
そして思考パターンに応じた行動を行い現実を創って行く

思考パターンもまた、定義や思想、考え方で出来ており
信じている定義や思想、考え方の集合体が思考パターンだと思われる
行動に直結する様々な観念の集合体が思考パターンだと思われる
思考パターンも観念の一種なので感情を生み出す
「観念が感情を、感情が思考パターンを、生み出す現実創造のサイクル」は
実際には並列的に複数存在し絡み合い複雑だと考えられる
その時々で感情が抱くイメージにより青写真、設計図さらには思考パターンの採用や取り消しを
決めているのではないかと考えられる

以下この結論に至った思考経過です。
長くなるので読まなくてけっこうです。
自分の記録の為に残しておきます。

—————————

自分の思考過程を例にとると
外に出て買い物しなきゃ、でも買い物で外に出るのは嫌という状態になる過程を考えると。
外に出て買い物しなきゃ、必要なものあるし。
でも外でるのは嫌だな面倒くさい。
その時頭に浮かんでいるイメージは外に出て不満げに買い物をしている自分のイメージ。
少なくとも楽しげではない。
その他店員に嫌な顔されるかもというイメージや、過去に実際にあった嫌なシーンを思い浮かべたりする。
このようにどちらかと言えばなりたくない自分をイメージしている。
そして過去にあったであろう嫌なことのイメージだけを掘り起こしている。
買い物に外に出てもなにも良いことないという定義づけを採用することになる。
それらの悪いイメージとそこから導かれる外に出ても良いことなんか一つもないという定義づけにより、外に出ることは嫌なことだという観念が生まれ、やっぱり今日も外に出るのは止めようという思考パターンになり実際外に出るのが嫌になっているんだと思う。

ここで試しになりたい自分やしたいことをイメージしてみる。
楽し気に買い物をしている自分や、何かいい出会いがある自分をイメージしてみる。
そうすると確かに買い物に外に出てもいいかなという気持ちにはなる。

このように行動の前には自動的に浮かぶイメージがあるのかもしれない。
そのイメージによって、どの定義づけを選ぶか、どの観念を選ぶかが決まり、その観念に応じた思考パターンで行動を起こすのだろう。

感情はイメージに付随しているように思われる。
イメージしたときには感情も同時に湧いているように思われる。

もっと単純化すると、4回転ジャンプに成功する自分をイメージすればいい気分、失敗なら悪い気分。
自分は4回転ジャンプに成功するんだ!という定義づけ、これまで血のにじむような努力を重ねてきたのだから自分は絶対成功できるという観念を抱き、、、

やはり難しいですね。
観念と感情と思考パターンさらには定義づけまで加えての明確な定義づけが自分の中では行われていないです。

家の例を使いましょう。
みなさんは家を建てます。
家を建てるというのは、ほしい現実を創り出す、自分の夢を現実にするということと同じことです。
観念というのは、この家の青写真、設計図です。
感情というのは家を建てる人、大工さんです。
思考パターンは家を建てる材料です。

というバシャールの言葉があります。

外に出ないで家に居るという青写真、設計図がまず先に存在している。
ここに外に出て買い物をする必要性という外部からの働きかけが生まれる。
しかし家に居続けたいという青写真があるので、外に出るのは嫌という感情が生まれる。
この嫌な感情という大工さんは、だって外に出てもなにも良いことがない、店員に何か嫌なことされるかもしれないという思考パターンの材料を使って、家から外に出ないという行動を選択させて家に居続けるという設計図を完成させる。

この場合の定義づけは、外に出ても良いことなんかない、なのかもしれない。
そしてイメージが入り込むのは、外に出るのは嫌という感情が生まれる前?
そもそも外に出るのは嫌という感情が生まれたので、家に居るという設計図を採用した?

まず順番から行くと、
家から外に出て買い物に行く必要性が生まれたことがスタートライン。
しかし外に出ても良いことがなかった過去のイメージによって嫌な気分が発生。
「家に居る現実」を実現するための青写真、設計図(外には出ないで家の中にいることが自分にとって一番快適であるという観念)を採用して、「家に居る現実」を実現できる大工さんである感情すなわち外に出ることに対する嫌悪感を生み出し、「家に居る現実」を実現できる思考パターン(外に出てもいいことなんてない等、前にこんな嫌なことがあったじゃないか等)を使って、「家に居る現実」を実現させる。

家の中にいることは快適だという定義があり、実際に自分も今までの経験と知識からそう思ってその定義を採用すれば、自分の中に家の中に居ることが一番快適であるという観念に変わる。
定義は定義なだけで効力は持たず、自分の中で定義が観念に変わったとき、すなわち定義を信じた時にその定義は観念に変わるということか!

そして自分が信じている定義(観念)や自分の思考パターンによって出てくる感情が変わる。
思考パターンとは、どう行動するべきかの考え方のパターンでそれは何通りもある。
その時の感情によってどのパターンが採用されるかが決まる。
採用された思考パターンによって実際に行動を起こし観念が実現化する。

、、、と先に述べた結論に至る。

こういうバシャールの言葉もあります。

観念というのは、ちょうど現実の青写真のようなものです。そして、感情が青写真を活性化し、思考パターンが、その設計図に従って、現実に実現化します。ですから、観念が一番最初の概念です。
感情はそれらを実現化するためにあり、思考パターンは、いかにそれを実現するか、個人個人のスタイルによって、どんな出来事を起こしていくか決めます。

最初のブループリントがどうであるか、そして思考パターンがどうであるかによって、どんな感情が出てくるか決まります。
(中略)
自分自身の感情をよりクリアに、使いたい方向に使っていくことで、残りの観念や思考パターンを自分の持っていきたい方向に変えていくことができるのです。

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