とはいっても、控えめなお願いもかなわない
以上を、金城幸政さん著 『あなたのなかのやんちゃな神さまとつきあう法』の159ページから引用させていただきました。
「ただ思う」というのは、力みを伴った願いでも、控えめな願いでもない。
この「ただ思う」をみごとにやってしまうのは子どもたちだそうです。
子どもというキーワードは、バシャール情報でもかなり重要なもので、関連するバシャールの言葉もかなりあります。
……とここまで読んできて
ひょっとして結局、願っている時点で、人はそれを自力解決を諦め何もしていない訳ですから……というか、願いをかなえるために何かをしているが、それを確実にするために願うというのもあるかも知れないが……いずれにしても、願うだけで何もしないのであれば、その願いはなかなかかなわないように思われます。
この「ただ思う」をバシャール的に考えてみると、雑念を払って「ただ思う」状態のほうが、シンクロニシティを起こしやすいはずですし、願いをかなえるのに重要な情報も見逃さないはずです。
そういう観点からも「ただ思う」ことが大切なんでしょうね。
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