あなたは毎瞬毎瞬の時間を創り出すことによって、未知の自分に出会っていき、大いなる全てに更に近づいていくことを自分に許しているのです。 by バシャールと宇宙連合 : 『ニュー・メタフィジックス』

Future Selves 未来世

未来世とは、「時間は連続している」という考え方の中で、自分自身を今とは異なる意識レベルに象徴的に投影したものです。今のあなたではない、しかし現在のあなたの意識の中にすでに存在する、大いなる全てであるあなたの意識の反映のひとつに過ぎません。あなたは毎瞬毎瞬の時間を創り出すことによって、未知の自分に出会っていき、大いなる全てに更に近づいていくことを自分に許しているのです。

以上を、バシャールと宇宙連合 (著), ダリル・アンカ (著), 関野直行 (翻訳)『ニュー・メタフィジックス―世界を創る意識の力学』P.39-40より引用させていただきました。

ブログのタイトルとして取り出した文章は未来世に関する説明にある一文ですが、「そうなのか!」という思いと「そうだよね。」という相反する思いが同時にわく言葉です。

もうすでに大いなる全てである自分がさらに大いなる全てになって行くプロセスが生きるということ。

もうすでに自分は大いなる全てなんだから、わざわざ大いなる全てに近づかなくてもいいんじゃないの?と思考は考えます。

自分はすべて知っているはずなのに、未知の自分に出会おうとするのは矛盾しています。

お金も時間もたっぷりあって自分の身の世話もすべて誰かがやってくれる何不自由のない生活。
なんでも自由にできる神のような自分。

そんな自分はイマジネーションの中にいる自分とさほど変わらないでしょう。
すべてが自分の言いなりの世界は結局自分しか存在しない世界と同じになってしまう。

登場人物がすべて善人で悪人のいないドラマや映画。
さらに事件や事故もまったく起こらず。主人公の望みは常にすべて叶うドラマや映画。

そんなドラマや映画があったら退屈すぎます。
しかし波乱万丈の人生ドラマの後にそれらのシーンが流れれば、ちゃんとしたラストシーンになります。
良かったと思えます。

ドラマや映画が美味しいのはハッピーエンドになるまでです。
ハッピーエンド後を延々とドラマや映画にしてもまったく面白くありません。

大いなる全てがハッピーエンドだとしたら、大いなる全てに近づいて行くのは面白いかもしれませんが、大いなる全てになってしまうとつまらなくなるのかもしれません。

MAL01026

 

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