彼は単にイエスという個人を通してひとつの鏡となることを望んでいただけなのです。すべての個人が神または大いなるすべての延長、もしくは(聖書的な言い方をしたければ)子供であるという考え方を反映する鏡となることでした。
以上、ダリル アンカ (著), 関野 直行 (翻訳) 『ニュー・メタフィジックス―世界を創る意識の力学』P.58-59より引用させていただきました。
だとすると、現代的な解釈は間違っていることになりますね。
現代的な解釈では、イエス・キリストを指導者として崇めているような印象を持ちます。
ですが、バシャールが言うには、彼は単なる鏡であった。
私たちの誰でもが、彼のようになれるよというお手本であったはずです。
だってイエスは、わたしは道であると言っていますから。
コメント