(「本当の自分」ではなく「個我」である)「わたし」は過去によって条件づけられた、心がこしらえたもので、未来に満たされるために、四六時中なにかを求めているのです。
以上、エックハルト・トール (著), Eckhart Tolle (原著), あさり みちこ (翻訳)『世界でいちばん古くて大切なスピリチュアルの教え』P.59より引用させていただきました。
心は絶えず思考のための「餌」を求め、さらに「わたしは○○です」という自己認識のための「餌」も探している。
アイデンティティを母に誕生したエゴは、常に私は何かというアイデンティティを再創造している。
さらに、この「わたし」は一過性の形態を持っている。
この「わたし」を「観察している」のが「本当の自分」。
……ということだそうです。
まあぶっちゃけ、私たちが普通に「自分」だと思っているのは「本当の自分」ではなく、その自分を観察している奥の奥にいる自分が「本当の自分」であるということでしょうね。
同書P.47にはこうあります。
やって来て、やがて過ぎ去っていくものは、「本当の自分」ではありません。
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