思考はエネルギーのロスであり、「意」はエネルギーの内部充電 : 『空(くう)―天翔ける歓喜の弥栄』をバシャール的に読む

思考はエネルギーのロスであり、「意」はエネルギーの内部充電 : 『空(くう)―天翔ける歓喜の弥栄』をバシャール的に読む

あなたの内側に意識を向け、「意」(決意・意宣り)を変えることです。
思考は無駄に「外」へ流れ、「意」は内側に満ちていきます。
思考はエネルギーのロスであり、「意」はエネルギーの内部充電になっていきます。

以上、Mana (著) 『空(くう)―天翔(あまか)ける歓喜の弥栄(いやさか)』P.114より引用させていただきました。

この言葉に出会って
私は今まで考えることが好きだと思ってきましたが、ほんとは違うのだろうか?
そんな気になりました。

まあ確かに思考はエネルギーのロスかもしれませんが、それはそれで意味のあることだと思います。

一番避けるべきは思考の堂々巡りでしょう。
思考が何かに執着してしまって、同じところをぐるぐる回ってしまうと、無駄にエネルギーが減る一方になってしまいます。

何も考えないで、この現実世界を生きるのは問題があると思います。
いくらこの現実世界が幻想であったとしても幻想にいるうちは現実です。

……と、いままでのこれも、思考であるわけで

要は思考と「意」のバランスなのか
それとも思考なしでも人は充分宇宙につながった生き方が可能なのか

いずれにしても、思考に頼って生きて来た結果が、今の自分であるのは、確かです。

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