今までこの社会では、もう何千年も何万年もいわれてきたみたいです。
「自分でなにかよいものを手に入れるためには、苦しまなければいけない」と。
以上、バシャール (著), ダリル・アンカ (著), 関野直行 (翻訳) 『バシャール・ペーパーバック1―ワクワクが人生の道標となる (VOICE新書)』P.163より引用させていただきました。
そして実際、苦しんで苦しんで自分のよいものを手に入れた人もいて、そういう人は、人は苦しまなければ幸せになんてなれないよ、私がそうだったからと言うのでしょうね。
苦しまないと幸せを手に入れることは出来ないと思っていると、幸福へと続く多くのドアのうち、苦しみのドアだけしか見えなくなるんでしょうね。ほんとうは楽しんで行けるドアがあるのに、そういうドアに気がつかないのでしょう。
さらに言えば、幸せを苦しまないと手に入れられないものとしているために、人の幸福とは物質的な豊かさであると定義付けてしまうのでしょうね。(あるいはその逆?幸福の定義を限りある物質的な豊かさとしてしまったために、苦しまないと、すなわち他人と競争しないと手に入れることができないものにしてしまった?)
物質的なものには限りがあり、限りあるものを手にするためには競争が必須であり、競争が起これば、当然それを手にすることが出来ない人、敗者が生まれる。
手に入れた人と手に入れることのできなかった人、その境目にこそ、幸福が宿っていると考えてきたのでしょうね。
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