喜びを表現しているとき、その喜びを表現する機会が自動的に提供されます。願望、エクスタシー、そして充足感。これは純然たる物理学です。単なる力学なのです。 by バシャール

喜びを表現しているとき、その喜びを表現する機会が自動的に提供されます。
願望、エクスタシー、そして充足感。
これは純然たる物理学です。単なる力学なのです。

以上を、バシャール (著), ダリル・アンカ (著), 関野直行 (翻訳)『バシャール・ペーパーバック3―ワクワクするとき、ひとはもっとも多く学ぶ (VOICE新書) 』245ページより引用させていただきました。

それが与えたものを受け取るということだそうです。
純然たる物理学と分かっていても、私にはできなかった。
最初に結果を創ることができなかった。
自分が受け取りたいと思っているものを他人に与えることができなかった。
でも先に結果を創るという思想も危険ですね。
そこに何々しなければというhave to の思想が入るからです。
欲しい結果があるからその結果を創らなきゃ、その為には何々が必要!という思考回路に私は、なりがちです。そうなると本来の自然な自分が失われがちになる。
ごく素直に欲しい結果を今実感すればいいだけなのに。
欲しい結果の臨場感を高めつつ本来の自然な自分であれば、、、
上手くいくかな?

ああそうか結局私が喜びを表現できないのは、常に臨場感が現状にあるから。
そして現状というのは大抵満たされていないから。
現状ではなくて満たされた私のいる並行世界のほうに臨場感を持たせると喜びを現在において表現できそうに思います。

喜ぶようなこともないのに喜ぶなんてできないよ!それが正直というもの、というのが私です。
なので何時も不満だし何時も不安だし何時も不安定だし、到底喜べません。

その物理学の結果としての現在ということですね。

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