バシャールと宇宙連合による本『ニュー・メタフィジックス―世界を創る意識の力学』の48ページにはこうあります。
分離とは、あなたがすべてを創り出していることを忘れている状態、もしくは、あなたがすべてを創り出していることを忘れることが可能な現実を創り出している状態です。
とは言うものの信じ難いです。
もしそうであるのなら、この現実は夢、ということになります。
夢の世界は自分ですべてを創り出しているからです。
夢も、あるいは、夢は、夢の世界が夢であると気がつかないかぎり、夢を変えることができません。
夢が現実だと思っている間は、夢を自由にできない。
夢のなかでこれは夢なんだと気づいたとき初めて夢を自由に創り変えることができる。
だとすれば、この現実が夢なんだと気がつけば、この現実を自由に創り変えることができるはずです。
しかもバシャールもそう言っています。
夢のなかでこれは夢なんだと気づく瞬間は……
なんなんでしょう?
今までの経験からいくと、夢のなかでは気がついたときにはもうすでに、これは夢なんだと気がついている気がします。
夢の世界が現実の世界とは違うと論理的思考によって気がつくのではなく、気がついてたら夢だと気がついている。
夢のなかでは、現実ではあり得ないことがばんばん起こっても、不思議と、これが夢だとは気がつかない。
そのあり得ない世界を現実のことだと思っている。
夢のなかでは夢と自分を分離しているから夢の現実を自分が創っているとは思えない。
じゃあこの現実でこの現実は自分とは分離しておらずひとつのものであると認識すれば、この現実が夢であると気づくと考えられる。
う~ん、しかし。
すべての他人を自分が創り出しているとは、到底、考えられない。
そこが壁になりますね。
もし他人もすべて自分が創り出しているのなら、自分は他人をどう扱っても良いことになってしまう。
しかし、他人を自分の奴隷のように好き勝手に扱えば、確実に刑務所に入ってその後の自由は奪われます。
刑務所関係の人々も裁判所の人々も警察や検察の人々も、自分が創り出しているはずですが、彼らは確実に自分の自由にはならないのは明らかです。
直接は無理ですね。
もっと深い部分から操作しないと……。
夜見る夢を操作するように。
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